横島勝人近影
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台湾の風景(U)
朝起きて、部屋でのんびりしていると、突然部屋の電話が鳴った。 ちょっとドキッした。まさか日本からの緊急連絡ではと思ったくらいだ。 何のことはない今からすぐ出かける事が出来るか?という質問であった。 勿論何もしていないのだから、すぐ準備をしてでかけた。実は前日に 県知事さん(彼が我々を招待してくださった方)に合奏団の代表が挨拶に行く 約束をしていたそうだが、当日行ってみると合奏団の皆さんは?と聞かれたそうで、 それから大慌てで手分けしてメンバーを集める事になったのだ。 話を聞きつけたメンバーは県知事のいらっしゃる部屋にぞろぞろと集りはじめた。 勿論急な事だったので遅れてくるメンバーも中にはいた。台湾を良く知る団員からすると、こういうことは 日常茶飯事でビックリするこではないと私に説明し、ちょっとずつだが時間や予定が台湾的に ずれて、私はなんと夜の開演時間3分前に会場入りとなってしまった。着替える時間はなんと1分。 ちゃんと打ち合わせをしておかないと、とんでもない事になるという事だ。そんな事だから数名のメンバーは 昼ごはんを食べ損ねそうになった。老人ホームの慰問演奏へ行った時などは手違いでコントラバスが届いていない、 仕方がなく無いまま始めて、数曲遅れてやっと届いた。 本当に気をつけなければ大変な事になってしまう。そんなこんなで結構珍道中だった。 ただ夜のコンサートのお客さんのとても温かな拍手が我々合奏団の疲れを癒してくれたことは間違いなく、 また演奏に訪れたいという気持ちが身体に走った。その後打ち上げパーティーではこれでもかというほどの 料理が出され、足りないと失礼に当たるという独特の習慣に我々は圧倒された。次の日は一日観光と県知事さんの 主催のお別れ晩餐会。お土産も買う必要が無いくらい頂き、3日間の台湾演奏旅行は無事終わった。

台湾はどうでしたか?という質問の答えだが、着いた時には分からなかった人間臭さと、生きるエネルギーは 今まで日本やヨーロッパでは感じられなかった新しいものだった。たくましいという表現の方が似合っているかも しれない。自分の中にも存在している感覚だが、今それほど表には出さなくても生きていける。 でも彼らはそうでないと生きていけないのかも知れない。以前の日本にも自分にもあったと思うあのエネルギー。 我々が忘れかけている物を見つけた気がした台湾旅行だった。

【2007年6月22日】


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